RAINBOW SLEEVES

~ミセス・ビーンズの人生劇場~

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谷崎潤一郎とピアノと私

9月の始めに、仕事である古い旅館を訪ねたんですよ。

大広間のステージに置かれている古びた一台のピアノ

私は、ものすごくドキドキしていました。

こ、これかぁ。。。

撮影スタッフがカバーを取り、、上部パネルをはずすと。。。




tanizaki-piano-2.jpg



鍵盤蓋には「Richtone」と記されていますが



これは正真正銘の「松本ピアノ」ですっ


tanizaki-piano-1.jpg




ここでは「松本ピアノ」には詳しくは触れませんが

今、銀座にある「山野楽器」はもともと「松本楽器」だったそうな。

当時、「見栄えの山葉、音質の松本」と言われていたとか。

「松本ピアノ」そのものが、かなり貴重なものみたいですね。

谷崎潤一郎氏が二台注文して

一台は次女に

もう一台は佐藤春夫氏に贈ったそうです。

(ぎょっ佐藤氏と言えば、谷崎氏の奥様と三角関係に陥った方ではありませんかっ)

この写真のピアノは次女に贈ったものです。

次女は数台ピアノを所有していたらしいですが

中でもこの「松本ピアノ」がお気に入りで

結婚する際、持っていきたかったけれど

新居が手狭なため、谷崎氏が「松本ピアノ」に管理をお願いしたと。

で、この旅館のご主人が娘のためにピアノを探していたところ

このピアノを紹介され、谷崎家の了承を得て手に入れたと。

まぁ、ざっとこんな流れですな。

いやぁ、弾かせてもらった時は鳥肌が立ちましたよ。

こんな風に谷崎氏を近くに感じることができるなんて。。。




っていうのはね

実は、私も「松本ピアノ」を持っているんですよ。



ねっ。

初代松本新吉の刻印もぴったり同じっ


matsumotopiano.jpg


子供ながらに

「なんでうちのピアノはヤマハとかカワイじゃなくてマツモトなんだろ。。。」

なんて思ってましたね。

その価値をわかっていなかった私がこのピアノを手放そうかと思った時、

クラシック通で楽器にも詳しい知人K氏に

「売ってはいけませんっ。代々伝えるべき宝物ですっ

と言われ、思いとどまって本当に良かったと思ってます。



で、ちょうど4年前の9月

別の取材でもなんと我が家のピアノが誕生した

その「松本ピアノ」の工場を訪れる機会があったんですよ。



matsumoto-office.jpg

この建物は応接兼事務所として使われていたようですが

中には歴史的価値があると思われる古いピアノがたくさん置かれていました。

残念ながら、この建物は取り壊されて現存していません。。。

この時、三代目社長のピアノに対する思いと

「松本ピアノ」の歴史を肌で感じて

よりいっそうピアノへの愛着も湧きました。


その後、K氏に調律師の方を紹介していただいたんですけど

彼女は我が家のピアノを見て大変驚いた様子で

「調律を続けてきて、初めて松本ピアノに出会いました。どうぞ大切になさってください」と。

しかも、彼女は大学で松本ピアノの三代目の方に調律を学んでいて、

同級生にはその三代目の娘さんもいたというから驚きです。

そして、今回の谷崎氏のピアノ。。。



そうそう

谷崎氏のピアノに出会ったことをイタリアの画家P氏にも報告しました。

以前、彼が谷崎氏の作品について触れていたことを思い出したからです。

すると、彼が一番反応したのは「松本ピアノ」だったんですよ。

これには私も驚きました。

だって、今では日本人でもなかなか「松本ピアノ」の存在を知らないのに




どうして知っているんですかっ




運命やらご縁やらを感じる「松本ピアノ」ストーリー

このピアノをこれからも大切にしていこうと思います。




matsumoto-sons.jpg


娘よ。。。。

















あとは頼んだぞっ








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